蔚山現代へ移籍した豊田陽平は背番号55に決定!!そ理由は?

こんにちは。
ryuです。
この前の1日に関東一のパワースポットと言われる秩父の三峯神社に行ってきました。今年もご利益がありますように白いお守りをいただいてきました。
胸を張っておすすめできる場所になりますので気になった方は一度足を運んでみてくださいね。
今日はこちらの記事です。

蔚山現代へ移籍した豊田陽平選手が背番号を発表!!

Kリーグ1の蔚山現代が、2018シーズンの選手背番号を発表。
サガン鳥栖からレンタル移籍で加入したFW豊田陽平は「55」を背負うこととなった。
背番号を選んだ理由は豊田は鳥栖では「11」を背負っていたが、新天地で選んだのは「55」。
その理由は、文化的なものも影響したようだ。
「韓国でも11番をつけたかったですが、韓国ではウインガーの選手がほとんど11番をつけると言っていました。だから、ファン・イルス(今冬加入)に譲って、55番を選びました」
「11」を諦めて「55」を選んだ豊田。その理由は、地元の英雄が関係していることを明かした。
「僕が生まれた故郷・石川県出身の元メジャーリーガー、松井秀喜さんが55番をつけていました。松井さんが好きだということ、そして「55」は日本語で“ゴーゴー(GoGo)”と読みます。それは、僕が前進するという意味を表します」
松井氏は、豊田選手が卒業した星稜高校の大先輩であり、プロ野球の読売ジャイアンツやメジャーリーグのニューヨーク・ヤンキース、ロサンゼルス・エンゼルス、オークランド・アスレチックス、タンパベイ・レイズでプレーした野球界のレジェンド。
“ゴジラ”と呼ばれ、海を渡ってもホームランを量産した松井氏のように、豊田選手は海を割ってゴールを量産してほしいですね。
蔚山現代は2017年はリーグ4位でFA杯を優勝している強豪になります。
韓国のKリーグは非常にタフなリーグです。
日本がパスとスピードを駆使したリーグなら、Kリーグはフィジカルとメンタルが重要視されたリーグです。
世界的に見ても韓国は背の高い選手が多く、ゴール前での激しい競り合いが魅力です。
メンタルも重視され、精神的に鍛えられた選手が多く、試合終盤になっても足が止まらないタフさが自慢のリーグです。
日本にはない経験ができるので今よりさらにレベルアップして帰ってきてほしいですね。
今日は豊田陽平選手をピックアップ!!

豊田陽平選手とはどんな選手??

豊田 陽平(とよだ ようへい、1985年4月11日 – )は、石川県小松市出身のプロサッカー選手。Kリーグクラシック・蔚山現代FC所属。ポジションはフォワード(CF)。元日本代表。
名前 豊田 陽平
愛称 トヨ、トヨグバ
カタカナ トヨダ ヨウヘイ
ラテン文字 TOYODA Youhei
基本情報
国籍  日本
生年月日 1985年4月11日(32歳)
出身地 石川県小松市
身長 185cm
体重 79kg
選手情報
在籍チーム  蔚山現代FC
ポジション FW(CF)
背番号 55
利き足 右足
ユース
FC小松
2001-2003 星稜高校
クラブ
年 クラブ 出場 (得点)
2004-2008  名古屋グランパス 33 (5)
2007-2008 → モンテディオ山形 (Loan) 52 (17)
2009-2011  京都サンガ 21 (1)
2010-2011 → サガン鳥栖 (Loan) 72 (36)
2012-  サガン鳥栖 190 (88)
2018- → 蔚山現代FC (Loan)
代表歴
2008  日本 U-23 3 (1)
2013-2015  日本 8
引用:Wikipediaより

経歴

中学時代までサッカー選手を目指していなかったが高地元石川県の強豪校である星稜高校へ進学したことで、本格的にサッカー選手目指すことになる。
在学中のスポーツ測定記録では、母校の星稜高校の先輩であるゴジラ松井こと松井秀喜選手(元プロ野球選手)の記録を複数項目で更新した。
一学年後輩に本田圭佑がいます。
2004年に名古屋グランパスエイトに加入。
2007年、出場機会を得るため、モンテディオ山形へ期限付き移籍。
7月1日にはサテライトリーグの横浜FM戦で相手DFと接触して小腸破裂の大怪我。
2008年、4月に右脚の骨折に見舞われるが、北京オリンピックから帰国後は14試合に出場し9得点を挙げ、チームのJ1昇格に貢献。
シーズン終了後、名古屋へは復帰せず京都サンガF.C.へ完全移籍。
2009年の開幕戦では先発フル出場を果たしたもののシーズン中盤以降はなかなかチャンスがまわってこずこの年は1得点に終りました。
2010年、サガン鳥栖へレンタル移籍。
鳥栖では主力選手として、リーグ戦13得点を挙げた。2011年も鳥栖へのレンタル移籍期間を延長して、23得点を挙げJ2得点王となり、鳥栖のクラブ史上初のJ1昇格に貢献した。
J2得点王となったことで他クラブからも注目されるようになり、G大阪や清水からのオファー報道があったが、2012年より鳥栖に完全移籍し残留した。
2012年はJ1昇格後ながらにして得点ランク2位の19得点を挙げ、自身初のJリーグベストイレブンに選出されるなどチームの5位に貢献した。
シーズンオフには上海申花などからの高額オファーもあったが残留を決めた。
2014年のシーズンは15ゴールをあげJ1で3年連続15ゴールを達成。日本人としては史上4人目の記録となった。
以後2016年まで毎年2桁得点を記録し、チームの大黒柱として鳥栖を支える。
主将に就任して迎えた2017年、新加入の台頭もあり途中出場となる試合も多く、鳥栖加入後最小の28試合出場・5ゴールに終わった。
2018年、蔚山現代FCへ期限付き移籍。

豊田陽平選手プレイスタイルは?

豊田選手は日本人離れしたフィジカルとディフェンダーにもあたり負けしない身体能力を生かしたパワフルなプレースタイルが特徴。
185cmの高さばかり注目されるが、速さと強さも高いレベルで兼ね備えている。
万能タイプのFWで日本にはなかなかいないタイプである。
前線からの守備もアピールポイントの一つである。

豊田陽平選手のスパイクは?

豊田陽平選手が実際に着用しているスパイクはプーマのエヴォパワーVIGOR1 LTH FGです。
アッパーの素材に天然皮革(カンガルーレザー)が採用されたLTHバージョンです。
ただこのLTHモデルは日本でも海外でも未発売のモデルになります。
LTHとはLetherの略。天然皮革アッパーということを意味しています。
フィッティングとボールインパクト性UPを追求したのが機能性の大きなポイントです。

豊田陽平選手の年俸は?

豊田選手の去年(2017)の年俸は8000万円になります。
Jリーグだと上位のほうになります。
蔚山現代に移籍してどうなるか楽しみですね!!

豊田陽平選手結婚は?

豊田選手は2009年に在籍していた京都サンガに所属していた時に結婚。
一般人なので写真などはありませんが豊田選手が撮ったら写真に奥さんの料理がありバランスのとれた美味しそうな食事が並んでいましたね!!
スポーツ選手は食事が大事なので料理上手な奥さんの支えがあるからあのプレイは生まれるんですね。
ちなみにお子さんは二人いるみたいです。
2011、2015年に産まれているようです。
Kリーグに行くと言うことで単身で行くのか、それとも家族全員で行くのか!
レンタルなんで単身の可能性が高い気がします。
なんにせよ幸せな家庭なのにはかわりありません。
これからも幸せな家庭を守っていかないとですね。

本田選手とのエピソードとは!!

豊田選手と本田選手は青陵高校で先輩後輩にあたります。
恩師の河崎監督は
「圭佑は昔からトヨには頭が上がらない。それを考えれば、圭佑が少し先走っていたとしても、トヨは『何やってんだ』と言って止められる存在になる。圭佑はトヨの言うことはよく聞くから」
 02年4月に星稜高サッカー部に入部した本田は一つ年上の豊田を見て「この先輩にはかなわない」と漏らしたという。パワー、ジャンプ力、フィジカルの強さなど差は歴然で、河崎監督は「結局トヨが卒業するまでの2年間で圭佑が『勝った』と思った瞬間はなかったんじゃないかな」とも明かす。
 本田は基本的に上下関係を重んじる。もちろん、豊田への尊敬の念は今も変わっていないだろう。

最後に

32歳にして新たなリーグで挑戦をする豊田選手。
ワクワクな気持ち、不安な気持ちあるでしょうけど持ち前のメンタルで屈強なKリーグで活躍してほしいと思います。
トップに豊田選手がいることでためが作れたりするので味方はかなり楽になります。
また試合終盤のパワープレー、など攻撃の幅は広がります。
日本代表のオプションとしていいと思います。
今の日本代表の他の選手とはかぶらないタイプなののでもし選ばれたら楽しみですね。
まずは蔚山現代でしっかり準備して活躍できるように期待しています。
今日はこの辺で。
ありがとうございました。