J1初挑戦!!V・ファーレン長崎が新たな挑戦に挑む!!

こんにちは。

ryuです。

今日はJ1リーグ第二節があり、3試合ありますね。楽しみです。

さて

今日はこちらの記事です。

V・ファーレン長崎がJ1へ挑む新シーズン開幕!!

2018シーズンの明治安田生命J1リーグが史上初となる金曜開催の23日を皮切りに幕を開けました。

今回はV・ファーレン長崎を紹介致します。

2017年→J2 2位

初戦を湘南ベルマーレと対戦し2:1で敗戦しています。

幸先のいいスタートとは言えませんでしたが修正はしてくるでしょう。

2018シーズンの最も大きなトピックでもある長崎のJ1初挑戦。ノルマはスバリ残留であろう。

昨シーズンは長いJ2のシーズンを通して連敗は2度。ラスト4試合は4連勝と勢いに乗ってJ1昇格を決めている。

高木琢也監督の下6シーズン目を迎える長崎は、J2との差を埋めるために14名の選手を迎え入れた。

中でも注目は、地元長崎県出身で経験も豊富なDF徳永悠平とDF中村北斗の補強だ。世代別の日本代表やA代表も経験している両選手が、地元へ帰還。

その他にも、鹿児島県出身で国見高校出身のGK徳重健太をヴィッセル神戸から獲得。

さらに、アルビレックス新潟からFW鈴木武蔵、ハイデンハイム(ドイツ)からMFベン・ハロランも獲得し、攻撃陣は申し分なさそうである。

V・ファーレン長崎移籍情報!!

【IN】

GK増田卓也(28)←サンフレッチェ広島/期限付き延長

GK徳重健太(33)←ヴィッセル神戸/完全

DF徳永悠平(34)←FC東京/完全

DF本多琢人(22)←東海学園大学/新加入

DFチェ・キュベッック(24)←蔚山現代(韓国)/完全

MF新里涼(22)←順天堂大学/新加入

MF米田隼也(22)←順天堂大学/新加入

MF黒木聖仁(28)←ヴァンフォーレ甲府/完全

MF中村北斗(32)←アビスパ福岡/完全

MF中原彰吾(23)←北海道コンサドーレ札幌/期限付き

MF名倉巧(19)←FC琉球/完全

FW鈴木武蔵(24)←アルビレックス新潟/完全

FW平松宗(25)←アルビレックス新潟/期限付き延長

FWベン・ハロラン(25)←ハイデンハイム(ドイツ)/完全

【OUT】

GK三浦雄也(28)→引退

GKソン・ヨンミン(22)→カマタマーレ讃岐/完全

DF村上佑介(33)→引退

MF丸岡満(22)→セレッソ大阪/期限付き終了

MFミゲル・パジャルド(31)→退団

MF林田隆介(18)→ヴェルスパ大分/期限付き

MF養父雄仁(33)→藤枝MYFC/完全

MF宮本航汰(21)→清水エスパルス/期限付き満了

MF古部健太(32)→モンテディオ山形/完全

MF田中輝希(25)→アミティエSC京都/完全

MF小野寺達也(30)→ギラヴァンツ北九州/期限付き→完全

FW畑潤基(23)→アスルクラロ沼津/期限付き延長

キーは昨年の主力の中に新戦力をどのように配置してくるかだろう。

J1でプレイした経験が少ない選手が多く、経験も必要になってくる。またワールドカップがあるため中断期間まで過密日程となっているので勢いも大事である。

初めてのJ1で高木監督がどの様なメンバーを相手に合わせて起用するか、その手腕にも期待だ。

その中でも今日はA代表経験もありオリンピックにも出場した経験豊富な徳永悠平選手をピックアップ。

徳永悠平選手とはどんな選手??

徳永 悠平(とくなが ゆうへい、1983年9月25日 – )は、長崎県南高来郡国見町(現・雲仙市)出身のプロサッカー選手。J1リーグ・V・ファーレン長崎所属。

名前 徳永悠平

愛称 トク、ユーヘイ

カタカナ トクナガ ユウヘイ

ラテン文字

TOKUNAGA Yuhei

基本情報

国籍 日本

生年月日1983年9月25日(34歳)

出身地

長崎県南高来郡国見町

身長 180cm

体重77kg

選手情報

在籍チーム V・ファーレン長崎

ポジション DF / MF

背番号 32

利き足 右足

ユース 国見少年SC

1996-1998 国見中学

1999-2001 国見高校

2002-2005 早稲田大学

クラブ

年クラブ出場(得点)

2003-2017 FC東京 396(7)

2018-V・ファーレン長崎

代表歴

2001-2003日本U-18/19/20

2003-2012日本U-22/23

2009-2013 日本9(0)

獲得メダル

ユニバーシアード 金 2005

引用:Wikipediaより

経歴

国見高校でDF(リベロ)にコンバートされ、攻守に活躍。

2年時にインターハイ・国体・全国高校選手権の三冠達成に貢献し、3年時には全日本ユース選手権初優勝と全国高校選手権連覇を達成。

2002年に早稲田大学に進学し、同大学の蹴球部に所属。

当時の早稲田は成績低迷の最中にあり、徳永にとっては物足りない環境だったが4年時には大榎克己監督の下、主将として同部を牽引。関東大学リーグ2部での優勝を果たし9年ぶりに1部に復帰させた。

また、大学選抜として2005年のユニバーシアードに参戦し優勝。

2004年にはアテネオリンピックに臨むU-23日本代表に選出。しかしイタリア戦で接触により負傷退場。

高校・大学時代を通じ常に各年代の日本代表に選出されており、U-22・U-23日本代表監督の山本昌邦からも絶大な信頼を寄せられ、トップクラスの出場時間を得ていた。

2002年11月頃から大学に程近いFC東京の練習に参加し、翌2003年、2004年にはJリーグの特別指定選手としてFC東京でプレー。

右SBのレギュラーで日本代表にも定着しつつFC東京でもレギュラーとして試合出場を続けた。

2004年ナビスコカップ優勝にも予選リーグで貢献。

2005年夏にはスペインリーグ・バレンシアCFの練習に参加。

バレンシアのスタッフからは高評価を受けたものの、当時の同クラブには外国籍選手枠の空きが無く出場機会が危ぶまれたため入団を保留。

バレンシアを含め多くのJリーグクラブによる激しい争奪となったが、2006年よりFC東京と正式にプロ契約し入団。

以後東京ではガーロ、原博実、城福浩と監督が替わる中でも不動のレギュラーとして出場を続けた。。

2009年10月、正式なA代表メンバーに初招集。

岡田武史日本代表監督からは「DFであればどこでもできて、フィジカルが強い」と評価され、10月8日のアジアカップ予選・香港戦に途中出場しA代表デビュー。

ワールドカップ南アフリカ大会には予備登録メンバーに選ばれる。

2010年には羽生直剛からゲームキャプテンを引き継いだ。

2011年はキャプテンを今野泰幸に託し、右SBに復帰。

2012年、日本代表に復帰。同年7月、ロンドンオリンピックに臨むU-23日本代表にオーバーエイジ枠で選出された。U-23日本代表では弱点となっていた左SBで起用されると、劣勢の時間帯でも動じることの無いプレーで守備陣を安定させチームの上位進出に貢献した。

2013年7月、東アジアカップ2013の日本代表に招集され、日本の同大会初優勝に貢献した。

また同年はリーグ戦全試合フル出場を記録した。

2015年、J1リーグ300試合出場達成。

2017年8月26日、第24節の横浜F・マリノス戦でJ1リーグ通算350試合出場を達成した。

2017年11月23日、V・ファーレン長崎への完全移籍が発表された。

徳永悠平選手プレイスタイルは?

徳永選手の魅力はなんといっても守備力です。

1対1に強く、高さもあり、当たり負けもしないという、フィジカルの強さが魅力ですね。

更にスピードやスタミナも十分です。

センターバック、サイドバック、ボランチができるのでチームへの貢献度は高いですね。

徳永悠平選手年俸は??

徳永悠平選手の年俸はおよそ5500万円です。

ユーティリティプレイヤーで色んなポジションもできますしプレイ以外の貢献度も高いので妥当でしょう。

徳永悠平選手結婚は?

徳永選手は、2008年に結婚しています。

徳永選手の結婚のお相手は、タレントの八田牧子(やつだまきこ)さん。

徳永選手の妻である八田牧子さんは、高校時代にサッカー部のマネージャーをしていたり近所のフットサルコートでアルバイトをしてたりとサッカー好きだったみたいです。

そんな二人の出会いは、八田さんが友人と食事をする時に、待ち合わせの場所に行ったら、徳永選手も一緒だったらしいです。

その日、八田さんは終電を逃し漫画喫茶で過ごすはめになったのですが財布をなくしてしまったらしいのです。

その時、会ったばかりの徳永選手のメールアドレスを交換したのを思いだし、迎えに来てもらったらしいです。

それがきっかけか付き合うようになり仕事の愚痴を八田さんが話しているときにプロポーズしたらしいです。

変わったプロポーズですよね!!

今は4人のお子さんに恵まれて幸せいっぱいですね。

新天地でのお子さんも期待しています。

最後に

初のJ1昇格となる長崎のカギを握るであろう徳永悠平選手。

長崎において、最も経験値のある選手なだけに守備陣のコントロールを任させることになるはずだ。

目標であるJ1残留への旗手となることができるだろうか。

注目である。

長崎県は私の生まれた所でもあるのでJ1に定着してほしいですね。長崎を盛り上げてほしいです。

では今日はこの辺で。

ありがとうございました。