コパMX.、本田圭佑が1試合2ゴールで存在感を示した。パチューカ5発快勝でベスト8へ

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日本代表、本田圭佑所属のパチューカvsサカテペク結果は?

日本代表、本田圭佑所属のパチvsサカテペク結果

日本代表FW本田圭佑が所属するパチューカは25日、コパMXのラウンド16でサカテペク(メキシコ2部)と対戦し、5-0と快勝した。本田は公式戦4試合連続の先発。61分までプレーし、2ゴールをマークした。

本田の1点目は35分、右サイドから中に切り込んだ本田の強烈な左足ミドルシュートで2-0。続く2点目は44分に、カウンターから本田が左足でボールを沈め、前半のうちにサカテペクを大きく突き放した。

格下相手に力の差を見せつけたパチューカが危なげなくベスト8進出を決めた。

パチューカ 5-0 サカテペク

【パチューカ】

グティエレス(前16)

本田圭佑(前35)

本田圭佑(前44)

サガル(後10)

カノ(後14)

現地メディアも絶賛し、「稲妻ホンダ、君臨!」「元ミラン10番の価値を証明」

と賛辞を送った。

メキシコ・メディア『SDP』は、パチューカのサカテペク戦勝利を伝えたうえで、本田について「ケイスケ・ホンダはイダルゴ(パチューカの本拠地)で、2得点を挙げて、夢のような夜を過ごした」と賛辞を贈った。

メキシコ移籍後初の2ゴールで現地のメディアを驚嘆させる「ザ・ケイスケホンダ・ショー(Azteca Deportes)」を見せつけたパチューカの背番号2は、来夏のロシア・ワールドカップ行きを手中に収めるべく、そのコンディションは着実に仕上がってきているようだ。

本田圭佑とはどんな人物なのか??

本田 圭佑(ほんだ けいすけ、1986年6月13日 – )は、大阪府摂津市出身のプロサッカー選手。リーガMX・CFパチューカ所属。ポジションはフォワード、ミッドフィールダー。日本代表。日本人アスリート初のMIT特別研究員、就任期間2年。

本田 圭佑

名前

カタカナ ホンダ ケイスケ

ラテン文字 HONDA Keisuke

基本情報

国籍 日本の旗 日本

生年月日 1986年6月13日(31歳)

出身地 大阪府摂津市

身長 182cm

体重 79kg

選手情報

在籍チーム CFパチューカ

ポジション FW / MF

背番号 02

利き足 左足

ユース

1994-1998 摂津FC

1999-2001 ガンバ大阪ジュニアユース

2002-2004 星稜高校

クラブ

クラブ出場(得点)

2005-2007 名古屋グランパス 90 (11)

2008-2010 VVVフェンロ 68 (24)

2010-2013 CSKAモスクワ 94 (20)

2014-2017 ACミラン 81 (9)

2017- CFパチューカ 5 (2)

代表歴

2005 日本 U-20 1 (0)

2006-2008 日本 U-23 18 (5)

2008-[2] 日本 91 (36)

プレースタイル

以前は「自分の中の美学はパスだった」と語っており、名古屋時代はシュートへの意識はそれほど高くなかったが、海外移籍後は、ゴール数を残すことがキャリアアップへの近道と考え、どん欲にゴールを目指すスタイルを確立した。

フリーキックが得意と評されており、距離的にはやや離れた位置が得意である。

以前は日本代表において守備時の運動量の少なさを指摘されることもあった。また全ての中盤のポジションとウイング、時にはセンターフォワードやサイドバックでもプレーし、ユーティリティ性に優れている。

FIFAワールドカップ・南アフリカ大会のパラグアイ戦では、両チームの中で最速の29.43 km/hのランを記録した。J SPORTSウェブ版のコラムニスト原田公樹は「この数字は一瞬のもので、どれくらいの時間、持続していたかわからないが、少なくとも本田は鈍足ではない」と記事を綴った。

経営者として

サッカースクール

2012年、小学生を対象に始めたサッカースクールは日本国内で65を数え、中学生を対象としたクラブは関東と関西で合計3、高校生のユースクラブは1と、わずか4年間で日本最大級のサッカースクールを運営する経営者となる(2016年4月)。

「才能とは生まれ持ったものではなく、環境によって磨き上げられるもの。大きな夢を持ち、物事がうまくいかなかった時にも心の折れない人材を育成し、才能を開花させるために必要な環境、機会を与える」のがスクールのミッション。一現役選手がこれだけ本格的にスポーツビジネスに参画するのは、本場欧州でも異例。「誰も成しえていないことに挑戦する」という本田の哲学を体現するスクール経営を目指している。

ホルン

2015年6月9日、自身のマネジメント事務所である『HONDA ESTILO 株式会社』がオーストリア・3部リーグSVホルンの経営に参入することを発表した。多くのメディアでは「クラブ買収」と報道されたがこれは誤報であり、SVホルンのドイツ語公式HPでは「HONDA ESTILOは我がクラブに投資をする新しい業務提携パートナーである」と発表されている。SVホルンのルドルフ・ラウドン会長は本田サイドとの合意事項は3年であり、2018年シーズン終了時までのパートナーシップ契約を結んでいると説明している。

欧州では下部リーグであってもトップチームにスカウトされるチャンスがあるので、若くして欧州でプレーする選手を増やしたいという意図がある。本田は現役選手としてプレーしているため現地でクラブの業務に関わることはできないが、毎日スタッフと連絡を取り合い近況報告を聴くだけではなく自らもピッチ内のことに限らず集客などの細かいアイデアを出している。

また、本田とHONDA ESTILOはIT活用による選手強化やチームのパフォーマンス改善にも取り組んでおり、2016年4月25日にはドイツのソフトウェア企業SAPと協力して、選手達のトレーニングや試合中のデータを分析して育成に繋げる取り組み「HONDA NO LIMITS PROJECT」の開始を発表した。 同プロジェクトではバイエルン・ミュンヘンや横浜F・マリノスでも採用されている「SAP HANA」をデータ分析ツールとして利用する。同ツールは2014年サッカーワールド杯でドイツ代表の優勝に貢献した事から、HONDA ESTILOの同取り組みはスポーツビジネス界やIT業界でも大きく注目を集めた。

アンコール

2016年12月26日、カンボジアのシェムリアップ・アンコールFCの経営に携わることを発表した。クラブ経営はSVホルンに続いて2クラブ目。

ウガンダ

2017年9月11日、アフリカでは初のチームを買収し、1部のブライトスターズの実質的なオーナーになった。実質的なオーナーになるのは3クラブ目。

引用:Wikipediaより

サッカーもビジネスもいつも全力で取り組んでいる本田圭佑。

では彼の私生活の部分を紐解いて行きましょう。

家族?お嫁さんはどんな人?

お嫁さん

本田圭佑は2008年7月に一般女性と結婚。

名前は美沙子さん。

美沙子さんは元保育士をしていた見たいです。

結婚報告が7月でなく9月になっているのはオリンピック中はサッカーに集中したかったためあえて7月に報告をしなかったということでした。本田圭佑さんらしいですね。

2012年秋頃に第一子男児、2014年12月には第二子女児が誕生しています。

一男一女で理想ですね。

二人の出会いは高校時代。まるで漫画にでもでてきそうなシチュエーションでした。

美沙子さんは金沢西高校のサッカー部でマネージャーをしていました。

ある日、練習試合で本田選手がいた石川星稜高校と対戦する機会がありました。

試合前から素敵な女性が相手ベンチにいると思っていてどうしても落としたいと思っていたらしいです。

完全な一目ボレですね。

試合は大差で石川星稜高校が勝ち、試合が終わった瞬間に相手ベンチに行って告白したようです。

この度胸はすごいですよね。一流です。

しかも付き合えて結婚もしてるからさらにすごい。

奥さんは料理も上手らしく内助の功もあり今の本田選手があるのかもしれませんね。

父親 司さん

実家は熊本県坂本村出身ですがその後大阪府摂津市に移りました。

今でも摂津市の実家には父方の祖母が住んでいるらしい。

口癖…一番になれ

この言葉を本田選手は深く刻み込んでいるから常にトップを目指し、ストイックで強いメンタリティを持った本田選手ができあがったのかもしれませんね。

母親…えっちゃんと呼ばれており年代は50代らしい。

広島県出身で保険会社のセールスレディの仕事のため大阪で働いてました。

病気がちで精神的不安定な所もあり本田選手が小学2年生の時に離婚。

その後本田選手と兄は父親に引き取られ母親は広島県の府中市の実家で両親と暮らしていたそうです。

お母さんの両親は南アフリカワールドカップ前後に相次いで亡くなってしまいました。

母親は一人で暮らすのが難しくなり病院に併設されている病院にいるみたいです。

本田選手は今でも時間を見つけては母親に会いに行っているみたいです。

兄…弘幸さん

年齢は三歳年上。

弘幸さんもサッカー選手で15歳で親を離れて帝京高校へ。

卒業後にアルゼンチンリーグの2部に所属し、帰国後は大分トリニータに在籍。

膝の靭帯を痛めてキャリアを断念し俳優を目指す時期もありました。

現在は、HEROE株式会社の取締役を務め、本田選手の代理人などをしています。

今回は本田選手の今までの活躍やプレースタイル、家族などにスポットをあてましたがまた次の機会にも色々深堀していきたいと思います。

まず直近では11月におこなわれるブラジルとベルギーの2連戦。

ワールドカップまでの道のりを考えると大事な試合になります。

世界を代表する相手に日本代表がどこまでできるのかみせていただきたいです。

まずは本田選手には右サイドのポジション争いがあります。

まずはチームでしっかり結果を出して11月に望んでほしいですね。

ではまた。

ありがとうございました。