バルサ、欧州カップ戦通算100G達成のメッシの1G1Aなどでオリンピアコスに快勝! 神の手ゴール?狙ったピケは退場 《CL》

おはようございます。

ryuです。

台風が近づいていてあいにくの雨ですね!こんな日は家でのんびりしたいものです!

さて今日はこちらのニュースです。

バルセロナチャンピオンズリーグの結果はどうなったか?

バルセロナは18日、チャンピオンズリーグ(CL)・グループD第3節でオリンピアコスをホームに迎え、3-1で快勝。

バルセロナ3-1オリンピアコス

またこの試合でメッシの欧州カップ戦通算100ゴール達成(CLで97G、UEFAスーパーカップで3G)。3連勝で首位をキープしている。

この試合、バルセロナは42分にアクシデントがありデウロフェウのクロスに詰めたピケが思わず手でゴールに入れてしまう。神の手ゴールである!

だか主審はこのプレーを見逃さずにピケにイエローカードを提示し2枚目のイエローカードを受けたピケは退場に追い込まれてしまった。

神の手ゴールとは何か?

サッカーに少しでも関わっている人なら神の手ゴールと聞いてピンとくる人がほとんどだと思います。

神の手ゴールとは…

アルゼンチン代表のディエゴ・マラドーナが、1986年ワールドカップ・メキシコ大会準々決勝のイングランド戦で決めた「神の手(La Mano de Dios)」ゴールに由来する。

両チーム無得点で迎えた後半4分、ドリブルでゴール正面に切り込んだディエゴ・マラドーナは、ホルヘ・バルダーノとの壁パスでDFラインを抜けようとした。イングランドのスティーヴ・ホッジがパスをカットしたが、蹴り上げたボールはペナルティエリア内にふわりと浮かんだ。落下地点にはマラドーナが走りこんでおり、GKピーター・シルトンは慌てて前方へ飛び出した。両者は空中でボールを競り、シルトンのパンチングより先にマラドーナがボールに触り、ゴールに流し込んだ。マラドーナがヘディングを決めたように見えたが、イングランドの選手は主審にハンドをアピール。テレビ中継の再生映像には、マラドーナがジャンプしながら振り上げた左手の拳でボールをはたいている瞬間が映っていた。だが、主審はマラドーナがヘディングでボールにコンタクトしたと判断し、ゴールを認めた。

マラドーナは試合後のインタビューでこのプレーについて聞かれると、「ただ神の手が触れた」と表現した。以後、サッカー界ではこれに類するプレーが神の手(Hand of God)と呼ばれることになった。

引用:Wikipediaより

イギリスの大衆紙サンによると、準々決勝で左手を使った「神の手ゴール」についてディエゴマラドーナが謝罪のような言葉を述べたそうです。すでにこのゴールについては2005年に地元アルゼンチンのテレビ番組でマラドーナ自身が「あのゴールはハンドだった」と認める発言をしています。


これまでマラドーナは「神の手」について謝罪せず、1986年の試合後には「ゴールはマラドーナの頭と神の手のおかげだ」というようなずうずうしい発言をしていました。試合相手だったイングランド代表のゴールキーパー、ピーターシルトンは「マラドーナは決して謝らなかった。彼の振る舞いはスポーツマンらしからぬもので、『神の手』などと言わずに正直に白状すべきだった」と最近もコメントしています。

サン紙の取材に対してマラドーナは「もし過去に戻って謝罪できるのならばそうしたい」とあのゴールについて謝罪。

「だがゴールはゴール、アルゼンチンは世界一になったし、私もベストプレイヤーになった。私は歴史を変えることなんてできない、私ができることは前に進むことだけだ」と続けました。

近年、マラドーナは整形したり2017年3月にはウイニングイレブン 2017にて自身の肖像が無断利用されているとしてコナミへの法的措置を検討していたりとなにかと世間をざわつかせています。

2017年5月には、海外メディアを通じて両者が和解した、と報じられていますが今後もなにかとお騒がせな一面が見れるかもしれないですね。

当時の審判の気持ちとは?

あれから31年ほどが経つなか、『BBC』があるニュースを伝えていた。

主審だったチュニジア人のアリ・ビン・ナセル氏は後年、ドチェフさんが何かを見たのか否かの指示を出してくれることを待っていたと述べていた。

そういうこともあり、『BBC』でも、ドチェフさんについてはマラドーナのハンドを見落としてしまった人物として伝えている。

そのドチェフさんはかつてこう語っていたという。

ボグダン・ドチェフ

「ディエゴ・マラドーナは私の人生を壊した。

彼は素晴らしいサッカー選手だ。だが、小さな男だ。

身長も低かったし、人間としても(小さかった)」

また、別の機会にはこうも述べていたそうだ。

ボグダン・ドチェフ

「私はすぐに正当でないものを感じた。だが、当時のFIFAは副審が判断について主審と話し合うことを認めていなかった。

もしFIFAがあんなにも重要だった試合にヨーロッパの主審を割り当てていたなら、マラドーナの1点目は認められていなかっただろう」

一方、あの得点が決まった後にドチェフさんのほうを見ていることが確認されていたナセル氏はこう口にしていた。

アリ・ビン・ナセル

「実際には何が起きていたのかについてのヒントを、ドチェフがくれることを待っていた。だが、彼はハンドのシグナルを出さなかった。

試合前にFIFAが我々に伝えた指示は明確だった。もし同僚(副審)が自分よりいい位置にいたなら、そちらの意見を尊重すべき(というものだった)」

あの試合で副審を務めたブルガリア人のボグダン・ドチェフさんが80歳で亡くなったという。

昔とは違い今はルールも変わり場合によってはビデオ判定なども試合により適用されている。判断が難しい当時の状況を考えるとその苦悩は計り知れないものがありますね。

今後マラドーナのように神の手ゴールを決めることは難しいのかもしれない。